トップページ > 北大LIFE > 【コラム】西成人情  〜日雇い労働者の街を訪ねて〜

【コラム】西成人情  〜日雇い労働者の街を訪ねて〜

「おにいちゃん、仕事探してるんやろ」。


この街の異様な雰囲気に飲まれ肩身を狭くして歩いていたから、掛けた言葉が何であれ嬉しかった。
訪れたのは大阪府西成区にあるあいりん地区。
日雇い労働者や様々な事情を抱えた人達が集う場所で、こうした街はドヤと呼ばれる。
通りに立ち並ぶ一泊○円、一週間○円の看板が目を引く。簡易宿泊所やビジネスホテル、ウィークリーマンションなど安さを売りにした宿泊所が軒を連ねている。

振り返ると声を掛けたのはどうやら日雇いや生活保護、路上の人ではない。
聞けば男性は手配師の仕事をしているという。年金暮らしで西成へ通勤している。
やる気のある人に声を掛け土木現場などに紹介することが男性の仕事だ。

西成の事情を知りたくて、男性の問いかけにまんざらでもないように答えていた。
すると、男性は「姫路に一人行った若いやつがおる。お前さん若いし働きたいなら連れてってやる」。
「このままでは姫路に…」。大学生で夏休みを使ってやって来たと明かした。

見物しに来たのかと白い目で見つめる男性が頭をよぎる。
意外にも男性はにこやかな表情を変えなかった。声を掛けたのは、あいりん地区の職業安定所に掲示された求人票を眺める姿を見かけ、もしやと思ったからだという。

あいりん公共職業安定所(2017年9月9日撮影)

おっちゃんの話を聞いてくれたからと男性が50円のコーヒーを奢ってくれた。

あいりん地区に佇む50円自販機(2017年9月9日撮影)

ここで帰るのはなんだか…
その時、男性がついていかないかと再び尋ねた。近くの公園で炊き出しが行われるらしい。

「お金かからんから食べていかんか」。
男性に連れられながら公園に入る。
すっと、今までジロジロ見つめてきた通りすがりの人が仲間のように見えた。
目の前に珍しく若い男性がベンチに座っていた。彼の手に握られていたのは求人情報誌。今日は仕事の説明会に行くらしい。
若い男性は以前、北海道で仕事をしていたことがあるという。派遣でコンサートのステージの設営に携わっていた。
飛行機代や食事代、寮代など会社の言い値の経費を差し引けば、手元に残ったのは10日間働いて5万円だったと話す。
職を求めて各地を転々とし西成にたどり着いた。

しばらくして彼らと一緒に炊き出しの列に並んだ。
振る舞われたのはボウル一杯の温かいおかゆ。
味付けはされておらず、口には米の甘みが広がる。最初は美味しいと感じたおかゆも、何度も口に入れると飽きを覚えてくる。最後は喉に流し込んだ。

食べ終わると男性は私の勉強に付き合ってくれるといい、あいりん地区を案内してくれた。
「ここは無料で泊まれる宿や。無料で散髪してくれるところもある。毎日のように炊き出しもある」。
男性の話を聞いているうちに、ここはお金がなくても暮らせる場所じゃないかと思えた。
だが、歳を取れば体の自由はきかなくなる。そうなったときは生活保護や福祉に頼るざるを得ない。
街には「生活保護可」、「福祉相談に乗ります」という貼り紙を掲げる施設や一つの通りに一軒あるほど介護事業所が溢れていた。

最悪路上で過ごさなければならないその日暮らしの生活を送っていて、これっぽっちも生活保護を考えない人はいるのか。
手配師の男性は「生活保護を貰えば、羽振りが良くなったと仲間から酒を奢らされたり、昔の癖でギャンブルや酒に使い果たして(生活保護が)続かなくなる」と話した。
おかゆが来るのを待っていた時、若い男性が「こんな底辺に来て何しとんねん。こんなところ良いと思うのかい」ときいた。
咄嗟に「街ゆく人が知り合いのように感じます」と答えた。すると、若い男性は「それはいいことでもあれば悪いことでもある」と教えてくれた。

知り合いが多ければ多いほど、人情が厚いほど生活保護費は周囲への気遣いに変わっていく。生活保護を受ければ昔好きでやっていたことも制限せざるを得なくなる。
ここでいう生活保護は周囲を助けることもできないほど、自分がだめになった時の最後のセイフティネットであった。

気づけば日は落ちていた。
辺りは昼とは裏腹に人がまばらに行き交うだけで静まり返っている。
別れ際に男性が空に向かって指をさした。
「あれがあべのハルカスや」。

萩之茶屋南公園(三角公園)から臨むあべのハルカス(2017年9月9日昼:後日撮影)

ライトアップされ高くそびえ立つビルが見える。
日本一の高層ビルだという。

天と地がここ大阪にある。
建物の高さや価値はあべのハルカスが上でも、西成にいた人達が助け合い積み重ねてきた人生の重みは負けてはいない。

夜のあいりん地区(2017年9月6日撮影)

住民の高齢化に直面しているあいりん地区には、今も若い人達が仕事や居場所を求めてやってくる。
ボランティアによる炊き出しなど数々の支援によって命をつなぐ人がいる。
この街は労働者の街として、行き場を失った人の最後の砦としてこれからも存在していくだろう。

About 越橋 宣之

越橋 宣之